東京体育学会
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第69回研究会 循環 運動時の循環調節~中心および末梢循環~

シンポジスト

宮地 元彦(国立健康・栄養研究所)中心循環について

狩野  豊(電気通信大学)末梢循環について

清水 靜代(日本女子体育大学)全体を調節するシステムについて

司 会

神崎 素樹(東京大学大学院)

総括

全体の様子
銀杏の黄色と安田講堂の煉瓦色のコントラストが美しい東京大学本郷キャンパスにおいて、「運動時の循環調節 ~中心循環・ 末梢循環~」というテーマで研究会が行われた。

司会である私が傍聴記なるものを記述するのは変な話であるが、各先生方の研究発表およびフロアーからの意見などを中心にまとめてみたい。

自然科学系の体育学を専攻する我々にとって、"循環調節"というキーワードは、パフォーマンスやメカニズムを考慮する上で欠 かせない要因であり、さらにはこれらの決定因子になることもある。

しかし、"循環調節"というtermは抽象的かつ大きなテーマであるがために捉えがたい。

さらに、運動時という変数が加わるとその複雑さは増す。
そこで、運動中の循環調節について、様々な測定手法、視点から精力的に実験研究を行っている先生方から話題を提供して頂き、様々な側面から議論することで、目に見えない"循環調節"を少しでもかたちとして捉えることができれば、という思いで研究会を企画してみた。
宮地教授
まず、宮地元彦先生(独立行政法人国立健康・栄養研究所)より、循環の中枢としての心臓および血液を分配する血管について発表が行われた。
氏は、頸動脈および大腿動脈の形や機能について加齢やトレーニング効果について在外研究として在籍していたDeals博士(コロラド大 学)のグループや自らのデータを中心に多くの結果を紹介した。

超音波法の垂直解像度や時間分解能の飛躍的な改善により動脈を鮮明に捉えることが可能とな り、高齢者の動脈に対し若齢者の躍動感を定性的に見てもその差ははっきりと理解できる。
血管壁の厚さについて、頸動脈は加齢に伴い増加し、これは有酸素性トレーニングにより改善はしない。

一方、大腿動脈は有酸素性トレーニングの効果は顕著であった。これらの結果の解釈として、運動トレーニングによる血流の大小がトレーニング効果に現れるのではないか、と氏は考察している。

この考察を裏付けるために、氏らの研究グループは、片脚自転車運動トレーニングより血流の異なる条件で大腿動脈の血管径を見たところ、トレーニング脚のみその効果が観察されたことを確認し、トレーニングによる血流の大小が動脈の形態の改善 に重要であることを示唆した。さらに氏らは、頸動脈のコンプライアンスを超音波法により実測し、トレーニングによりこれが低下する、すなわち血管が硬くなることを示した。

これはトレーニングにより血管を強くするという適応であるが、そもそも血管の伸展性が劣っている高齢者などは、むしろトレーニングが負の方向に働いているのではないか?とフロアーから質問があった。これに関しては今後の研究デザイン、結果に期待したい。
狩野教授
次に、狩野豊先生(電気通信大学)より、末梢循環としてトレーニングによる毛細血管の形態について発表が行われた。
一般 に、毛細血管は筋線維に平行して配列していると考えられているが、氏の在籍していたPool博士(カンサス大学)のグループの研究による毛細血管の蛇行について紹介があった。

さらに、この蛇行はトレーニングにより変化しないことを報告しており、毛細血管の蛇行が血管と筋との酸素などの交換にそれほど重要ではない、と考えられる。
さて、氏の今回のメイン報告は、「筋損傷による毛細血管の形態の適応(変化)」である。ラットを用い、エキセントリック筋活動を誘発し、毛細血管内腔面積、毛細血管楕円率(最長と最短の内腔直径比)毛細血管密度、毛細血管と筋線維数比を光顕画像より解析、および血管内皮細胞の微細構 造を電子顕微鏡により観察した。

その結果、血管内皮細胞の崩壊は認められないものの、毛細血管の形態は変化する(内腔面積および毛細血管密度の増加、毛細 血管楕円率の変化)することが解った。

次に、これら形態の変化が機能とどのように関連するか、についての発表が行われた。その結果、末梢循環(赤血球流動性)低下をともない、運動開始時での酸素供給と酸素摂取のバランスを損なうことを示唆した。
エキセントリックトレーニングにより組織との酸素およびエネルギー基質の交換の場である毛細血管の形態と機能とは必ずしも対応せず、特に、機能に悪影響を及ぼすことが理解できた。

フィールドにおけるトレーニングには、少なからずエキセントリック活動の要素が含まれるため、本発表はトレーニングによる効用のみならず負の影響をも示唆する重要な研究である。
清水教授
最後に、清水靜代先生(日本女子体育大学)より中心と末梢循環全体を調整するシステムについて、心拍出量、血圧および活動筋血流量などの多彩な測定を中心に発表が行われた。

氏の研究および氏の在籍している加賀谷研究室(日本女子体育大学)のグループの発表を紹介していただいた。まず掌握運動中のこれら測定変数の変化について、運動強度の増加に伴い活動筋の血流量は増加するのに対し、心拍出量は不変であった。
これは、交感神経系活動による血液配分が関与していると氏は考察した。

さらに、掌握運動を片側単独運動あるいは両側同時運動に同様の測定を行った。
その結果、上記結果と同様に、運動に動員される筋量が多くなっても心臓に対する血流需要が上昇しないため、心拍出量は増加せず、末梢のみで調節が行なわれていることが解った。

これら結果は、中心と末梢循環の差違は、それらを司る神経系の影響である、というよい例であると感じた。

次は、上肢(掌握運動)に加え、下肢(自転車運動) という大筋群の活動を付加した場合の循環応答について検討した。
上記結果と異なり、大筋群が運動に参画すると、中心循環の活性レベル増加し活動筋の血流調整に影響することが示唆された。

単に運動という抽象的な刺激ではなく、小筋群、大筋群あるいはそれらコンビネーションといった運動負荷により中心と末梢循環の貢献が変化し、これらはおそらく交感神経系活動が関与していると考えられた。
今回、研究会であるから各先生方の発表中にも随時質疑応答を試みたが、その方がフロアーと先生方との議論が深まったような 気がした。
"循環"という大きなテーマのそれぞれのregionについて理解を深めることができたが、"運動と循環"についてコンセンサスを得ることが難 しい(そもそもコンセンサスを得ることができないのではないか?)ことを痛感した研究会であった。